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東京高等裁判所 昭和29年(う)3593号 判決

控訴人 被告人 金今蓮又は藤岡春枝こと金錫任

弁護人 大蔵敏彦

検察官 中条義英

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人大蔵敏彦作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対し次のとおり判断する。

自白に対する補強証拠は自白する犯罪事実の全体に亘つて逐一存在しなければならないものではなく、自白の真実性を裏付し、自白が架空でないことを保障することができるものであれば十分であることは已に判例の示すところである。(昭和二三年(れ)第六一号、同年一一月五日、昭和二三年(れ)第七七号、昭和二四年五月一八日、各最高裁判所大法廷判決参照)

而して、本件の如き密入国事犯の事実については、被告人の自白の外に、被告人が外国から判示日時頃我が国に渡来したものであることが認められるような証拠が存在するならば、これによつて、被告人の密入国をして来たものであるという自白を十分補強しうるものと認められるのである。ところで、原判決引用の徐同粉の司法警察員に対する供述調書(昭和二九年四月一日附)の供述記載は所論のように被告人の自白するところを単に反覆しているにすぎないというものではなく、被告人が終戦後夫である厳陽燮(原審相被告人)と別居一旦朝鮮に帰国していたが、判示日時頃再び右夫をたよつて我国に渡来したものである事実を自己が認識経験した事実として具体的に供述するものであつて、正に被告人の本件自白が架空のものでないことを保障するに足りるものであつて、被告人の自白を補強するに十分のものと認められる。(なお原判決が証拠に引用する厳陽燮の検察官に対する昭和二九年四月八日附供述調書及び原審公判(昭和二九年一一月五日)供述も右徐同粉の供述と同趣旨のものである。)原判決は所論のように被告人の自白のみによつて被告人を有罪と認めたものではなく、原判決には所論のような憲法第三八条第三項、刑事訴訟法第三一九条第二項に違反するという欠点は存在しない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由のないものであるから、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべきものとして主文のとおり判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

控訴趣意

原判決は判示第一(一)の事実において「被告人金錫任が昭和二十七年十月頃、夫厳陽燮に会う為、有効な旅券を所持することなく、朝鮮釜山沖から福岡県博多附近に上陸して不法に本邦に入り」と認定しているのであるがこの事実を認定する証拠としているものは、一、徐同粉の司法警察員に対する供述調書、一、厳陽燮の検察官に対する供述調書、一、被告人両名の当公判廷における各供述、一、金錫任の自白調書、である。被告人金錫任は、右の証拠によつて明らかな通りこの判示事実に沿うような自供をなしているのであるが、これを補強すると原審がなす徐同粉、或は厳陽燮の各供述調書或は原審公判までに於ける供述はいづれも右被告人金の自供と同じ内容の供述を被告人金自身からこれら両名が当時聞いたということを内容とするのである。勿ち被告人金の告白をこの両名は他の機会に聞いたと言う事実を供述しているのであつてこれら二人の者が被告人金に対する本件認定事実を直接に認識している訳ではないのである。換言すれば被告人金の告白を伝聞した内容をそのまま供述しているのであつて、かかる供述調書或は供述は、被告人金の右自白を補強するに足りないといわざるをえない。従つて原判決は判示第一の(一)の事実につき採証の法則を誤つて被告人金の自白を唯一の証拠として、被告人を有罪なりと断じているのである。これは憲法第三八条第三項、刑事訴訟法第三一九条第二項に違反し、原判決に影響を及ぼすこと明かであるから破棄さるべきである。

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